ユニティインスティチュート・ライブラリ

記事一覧 ライブラリ・トップ
向上すると同時に「私自身で在る」こと
【質問】
「ただ自分自身で在りなさい」という瞑想を読むと、
どうして自分を改善しながら、
しかも同時に「ただ自分自身で在る」ことができるのか、
私は不思議に思います。

私は向上したいと同時に「私自身で在る」ことを望むのです。
これは矛盾しているのでしょうか?


【答え】
自分を改善すること、
あるいはおそらく優れたものに向けて懸命に努力することと、
自分ではない何者かになろうとすることには、違いがあります。

優れたものに向けて懸命に努力することや
本当の自分で在ることは、
あなたによい感じを与えます。

あなたは自分の全エネルギーを
人生を生きることに、
そして「全力を尽くす(トータルであること)」が意味することを
体験するために注ぎます。

卓越に向けて懸命に努力したあと、
あなたは本当にくつろぎ、休息でき、またよく眠ります。
卓越に向けて奮闘することは、
あなたを伸ばし、より強くします。

それはほとんど素晴らしい肉体運動をすることに似ています。
血液はより容易にあなたの身体を流れ、
あなたはより多くのエネルギーが湧き、
より生き生きとして、健康に感じます。

優れたものに向けて懸命に努力すれば、
あなたは自然に自分自身を改善し、成長し、学び、
それまで自分がもっているとは知らなかったギフトや才能を発見するでしょう。

優れたものに向けて頑張るとき、
大部分の人びとは楽しく時間をすごします。
それは楽しい冒険を続けるようなことです。

自分ではない何かになろうとして努力するとき、
あなたはけっして成功することはできません。
あなたはあなたの人生を破壊し、
すでに持っている自分の美点さえも失いかねません。

それはカエデの木になろうとするバラの花のようなものです。
バラの花は自分を破壊し、その素晴らしい香りを失うでしょう。

瞑想が「あなた自身で在りなさい」と提案するとき、
それは優れたものに向けた懸命の努力や改善と
矛盾するものではありません。

「ただ自分自身で在りなさい」とは、
単に他の誰かになろうとしないようにということです、
あるいは自分ではない何かになろうとしないようにという意味です。
しかしそれは、
自分の自然な天賦の才や才能を成長させ開発することに反対していません。

ページトップへ