卒業生の声
サトルボディヒーリングのトレーニングを修了して
藤波和住子写真
サトルボディヒーリングトレーニング第1期生
エッセンシャルライフ・コンサルタント第1期生
藤波 和住子(*mahanta)

サトルボディヒーリングのトレーングではたくさんのことを学びました。 ハートのシンクロニシティ、瞑想と気づき、その人の本質を観ることにもとづいたリーディング、過去に凍りついてしまったエネルギーを解放する方法、信念を解除する方法、自分の長所や本質から生きること、中心にくつろぐこと、そして、中心とエネルギーの両方を感じながら生きる術(すべ)。その他にも学んだことはたくさんあります。そんな中、私が何よりもありがたく思うのは、トレーニングで学んだことは、机上の空論やどこか遠い世界の話ではなく、実際に人生を生きていく上でとても役立つということです。

サトルボディヒーリングのトレーニングを受けて、私の人生は大きく変わりました。以前の私は、自分が出来ないことや足りないことに目がいき、自分を責めたり罪悪感にさいなまれたりしました。人に対しても「どうして出来ないの?」など、その人の長所でなく短所にばかり目がいくこともありました。また、それを問題と感じ、そのジャッジ(決めつけ)で自分を苦しめてもいました。でも、サトルボディヒーリングのトレーニングを通して「本質を観る」ということを学び、本質から比べると、そんなことは取るに足らない小さなことだと理解するようになりました。それは、まるで大空に浮かぶ小さな雲のようなものです。今まで雲にばかり目がいき、それが視界の大半を占め、それがすべてであるかのように見ていた私の目を開いてくれたのが、「本質を観る」ということでした。本質である大空に目をやれば、欠点や問題は本当に些細なものに感じられました。そして、自分自身や他の人に対しても、出来ないことや不得意なことをあげつらうのではなく、得意とすることや長所に価値を見出し感謝するということを学びました。そうすることで、それは育っていき、人生がさらに豊かに幸せに満ちたものになるということを実感しています。
また、中心においては私たちはひとつであり、つながっているということも体験しました。人格的にはどんな風に見える人であっても、中心においてはその人はブッダであり、光です。そして、そのまわりを取り囲む「本質」を見るとき、その美しさに圧倒され、おのずとその人に対する尊敬の気持ちと感謝が湧いてきます。

中心においてはひとつではあるけれども、私たちはまたそれぞれユニークな個性をもつ個人です。「ひとつである」ということと「個である」ということ、その両方を同時に感じるとき、私のハートは大きく広がります。「安心とくつろぎ」と「自由さと豊かさ」が一緒に存在すると表現すればいいでしょうか、その感覚は格別なものです。それを同時に感じるとき、宇宙は本当に豊なんだと心から思います。そして、人生は克服すべき問題ではなく、自分自身の本質を生き、長所を表現するために私に与えられた貴重な贈り物なんだということを思い出すことができます。

サトルボディヒーリングのトレーニングでは、まずハートのシンクロニシティに入りセッションを始めます。ハートのシンクロニシティからリーディングをするとき、ジャッジなしにものごとを見ることができます。なぜなら、ハートの質というのはすべてを受容するものであり、そこには良い悪いの判断が入り込む隙間がないからです。そしてとても不思議なことですが、リーディングしているだけで、どんどんエネルギーに変化が起こり、癒しが起きていきます。自分が観ているものを、ただ観ているままに話しているにもかかわらず、その場面がどんどん変化し、大きな癒しと変容が起こったという経験を何度もしました。これが、ハートのシンクロニシティの成せる技でしょうか。

また、ハートのシンクロニシティからサトルボディヒーリングを行うことにより、セッションを受ける人だけでなく、セッションをしているセラピスト自身も癒されていきます。 関係性のワークをしてたくさんの人を助けているにもかかわらず当のセラピスト自身が関係性で一番苦しんでいたり、お金のワークをしてたくさんの人を助けているセラピスト自身が一番お金で苦労をしているという現実を目の当たりしたプラサードたちは、「セラピストが置いてきぼりにされる状況は避けたい」と思ったそうです。そこから、セラピストもまたセッションをする度に癒され成長していけるようサトルボディヒーリングはデザインされました。実際、セッションをする度に私自身、癒されていくのを実感しています。

サトルボディヒーリングではまた、過去の凍りついたエネルギーや信念を解放することも行います。身体のどこかに痛みや重さを感じるとき、私たちはそれを悪いものと思いがちですが、実はそれはエネルギーがその場所で固まっているに過ぎないということも学びました。何かショックな出来事があったとき、私たちのエネルギーの一部はそこで凍ってしまいます。そこでは、時間が止まっています。私たちの身体は今日という時間を生きていても、凍ったそのエネルギーはそのエネルギーが凍ったその時間のままになっています。つまり、私たちのエネルギーの一部は過去を生きていることになるのです。それは、痛みを伴うことではありますが、悪いことではありません。ただ、凍っているだけなのです。その凍った時間を解放すれば、そのエネルギーは再び流れ出し、私たちはそのエネルギーを再び自分自身の生を豊かなものとするために使えるのです。

「信念の解除」は、サトルボディヒーリングの中の大きな柱のひとつです。エネルギーのブロックを取り除いたり、その流れをよくしても、私たちがもつ信念が解除されない限り、その効果は長くは続きません。信念はある種のパターンを私たちのエネルギーの中につくり出します。信念がある限り、ブロックはまた同じように再生され得ます。サトルボディヒーリングではそれを喉にあるリングで調整します。それはただ単に信念を解放するだけでなく、私たちの本質や長所がいきいきと流れ、表に輝き出すのを助けるよう働きかけていきます。

サトルボディヒーリングでは、生(せい)を、同心円のようにとらえています。それは、タイヤを思い浮かべていただくとわかりやすいかもしれません。タイヤのホイールにあたる部分が私たちの中心です。そこは、空が、静けさが宿る場所です。そして、タイヤのゴムにあたる部分が私たちがいういわゆる「人生」を表します。その部分には、私たちの肉体、感情、思考が含まれ、より中心に近い部分に私たちの長所、本質が含まれます。 外側だけの生で生きるとき、私たちはたえず自分の外側の環境や他人に影響を受け、自分自身の感情や思考に翻弄されます。そのように生きるとき、私たちは大荒れの海に浮かぶ小舟のようです。反対に中心だけに意識を向けて生きるとき、私たちは生き生きさを失い、人生への興味を喪失し、枯れたように生きていくことになります。

以前、人生に困難さを感じていた私は、内側に入れば、瞑想さえすれば幸せになると思い、修行に励んだ時期がありました。確かに、瞑想が深まれば、心が穏やかになり、内面は平安で満たされます。でも、生に対する興味がどんどん薄れ、まるで自分が死んでいくかのようでした。最初はそれはエゴの死だと喜びましたが、どこか違うという感覚がぬぐいきれませんでした。内側のこの平安な感覚をどう実際の生にもたらせればいいのかがわからずに、私は途方にくれていました。そんなとき、サトルボディヒーリングに出会ったのです。 そんな私にプラサードはこう言いました、「外側の生を拒否すべきでない。あなたは、外側の生に自分の意識がいってしまうと、自分の中心を忘れるのではないかと恐れているけれど、そうではない。私たちの意識は、中心にいながら外側の生も含められるほど広大だということを思い出すべきだ。そうして初めてあなたは、全体(ホールネス)となることができる。」

サトルボディヒーリングに出会えて、トレーニングに参加できて本当によかったと思います。今の私は、中心にいながら、本質を生きるということ、それがどんなに豊かなことであるかということを実感しています。そして、それはますます私の中で育っていくものだという確信があります。この類まれなワークを一人でも多くの人と分かち合いたい、それが今の私の心からの願いです。




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